大家都合で退去を求められた場合、原状回復費用の全額負担を求められるケースがあります。しかし大家都合の退去では、原状回復費用の免除や大幅な減額が認められる場合があります。

「退去してほしい」と言われたときの立場は大家と借主では大きく異なります。法的根拠を理解したうえで交渉することが重要です。


大家都合の退去とは

「大家都合の退去」とは、借主側ではなく貸主(大家)側の事情による退去要請を指します。主なケースは以下のとおりです。

  • 建物の老朽化・建替え:耐震性不足や設備の限界による建替え
  • 売却のための退去要請:建物を売却するための明渡し要求
  • 大家の自己使用:大家本人や家族が住むための要求
  • 再開発・取壊し:行政や都市計画に伴う建物除去

これらはいずれも「借主に落ち度がない退去」です。借主に責任がない退去について、通常の原状回復費を全額負担させることは不合理であり、交渉の余地があります。


大家都合退去での原状回復費はどうなるか

原則:通常損耗の貸主負担は変わらない

大家都合であっても、通常の原状回復ルールは変わりません。通常損耗(経年劣化・自然損耗)は貸主負担が原則です。借主が故意・過失で損傷させた箇所のみ借主負担です。

つまり、大家都合退去でも借主が通常損耗の費用まで負担する必要はありません。

大家都合退去で「免除・減額」が認められやすい理由

大家都合退去での交渉では、以下の理由から原状回復費の免除・大幅減額が認められやすくなります。

① 建替え・取壊し予定なら原状回復の意味がない

建物を取り壊す・建て替えるならば、クロスを張り替えても意味がありません。「建替えのための退去」であれば、クロスや床の修繕費用を借主に請求することは実質的に不合理であり、交渉で免除を求める根拠になります。

② 立退料との調整

大家都合退去では、貸主から立退料(移転補償)が支払われるケースがあります。立退料の交渉と原状回復費の交渉は同時に行われることが多く、「立退料を払う代わりに原状回復費は免除」という合意になるケースもあります。

③ 更新拒絶・中途解約への補償

正当事由のない更新拒絶(借地借家法28条)や、借主が望まない中途解約の場合、貸主には立退料の支払い義務が生じます。このとき原状回復費の請求は借主への二重負担になりえます。


借地借家法と立退料の基本

正当事由とは

借地借家法第28条では、貸主が契約を更新しない(または解約を求める)ためには「正当事由」が必要とされています。単に「建て替えたい」「自分が住みたい」というだけでは正当事由として不十分な場合もあり、立退料の支払いで正当事由を補う必要があります。

立退料の目安

立退料に法定の金額はありませんが、実務上は以下の要素で決まります。

  • 引越し費用の実費
  • 新居への移転コスト(仲介手数料・敷金・礼金)
  • 家賃差額の補填(同等物件への移転で家賃が上がる場合)
  • 営業損失(店舗・事務所の場合)

居住用物件の場合、数十万〜数百万円の立退料が支払われる事例もあります。


大家都合退去の交渉手順

① 退去要請の書面を受け取る

口頭での退去要請には法的効力が弱いため、書面(内容証明郵便など)での要請内容を確認します。書面には「退去理由」「退去期限」「補償の有無」が記載されているはずです。

② 退去理由を確認する

退去理由によって交渉の方向性が変わります。

退去理由交渉ポイント
建替え・取壊し原状回復費免除+立退料を要求
売却立退料を要求(売却代金に余地あり)
大家の自己使用正当事由の妥当性を確認
建物老朽化補修で対応できないか確認

③ 原状回復費の免除・減額を書面で求める

退去に応じる意思を示しつつ、以下の内容を書面(メール可)で提示します。

・退去理由が貸主都合であること
・建替え・取壊し予定の場合は原状回復の実益がないこと
・通常損耗については国交省ガイドライン上も貸主負担であること
・以上により、原状回復費の免除または大幅減額を求めること

④ 立退料の交渉と同時進行する

原状回復費の免除と立退料の交渉は一体で行います。「原状回復費は払わない。その代わり立退料も最低限でいい」という妥協点を探るケースもあります。

⑤ 合意できなければ専門家・行政相談へ

  • 消費生活センター(188番):まず無料相談
  • 法テラス:弁護士費用の立替制度あり
  • 弁護士への相談:立退料が高額になる場合は費用対効果あり

大家都合退去で気をつけるべきこと

「任意退去」と「強制退去」の違い

大家が「退去してほしい」と言ってきても、法的に強制退去が認められるためには裁判所の判決が必要です。貸主の要請だけでは退去義務は生じません。ただし関係が悪化すると居住継続が困難になるため、交渉による解決が現実的です。

退去合意書に原状回復費の扱いを明記する

退去の合意をする際は、原状回復費の扱いを合意書に明記することが重要です。「原状回復費は免除する」「立退料○万円と引き換えに原状回復費は○万円以下とする」など、口約束ではなく書面で残してください。

通常損耗は大家都合に関わらず貸主負担

大家都合退去であっても、通常損耗は貸主負担の原則は変わりません。大家都合を理由に通常損耗まで借主負担にされそうな場合は、国交省ガイドラインを根拠に異議を唱えてください。


よくある質問(FAQ)

Q. 大家から「出て行ってほしい」と言われましたが、拒否できますか?

A. 貸主からの退去要請があっても、正当事由がない限り借主は退去を拒否できます。賃貸借契約の期間中は借主の居住権が保護されています。立退料を含む条件交渉を行い、合意できない場合は退去義務はありません。

Q. 建替えのための退去で、原状回復費を全額請求されました。払う必要がありますか?

A. 建替え予定であれば原状回復の実益がないため、免除または大幅減額の交渉が可能です。まず通常損耗分の貸主負担を確認し、残りの借主過失分についても建替え予定を理由に減額交渉を行ってください。

Q. 立退料の相場はどのくらいですか?

A. 居住用物件では引越し費用(実費)+新居の初期費用(仲介手数料・敷金・礼金相当)が最低ラインとされています。同等物件への転居で家賃が上がる場合は、その差額補填分が加わります。数十万〜数百万円の幅があり、物件の状況や交渉力によって変わります。

Q. 大家から「売却するから退去してほしい」と言われました。どう対応すればいいですか?

A. 売却を理由にした退去要請も、正当事由の要件を満たす必要があります。立退料の交渉と原状回復費の免除を同時に求めてください。売却額の一部が立退料の原資になるケースもあります。


まとめ

  • 大家都合の退去でも通常損耗は貸主負担が原則。大家都合だからといって全額借主負担にはならない
  • 建替え・取壊し予定の場合、原状回復の実益がないため免除交渉が有効
  • 大家都合退去では立退料(引越し費用・移転費用の補償)を合わせて交渉する
  • 退去合意書に原状回復費の扱いを明記することが重要
  • 交渉が行き詰まった場合は消費生活センター(188番)や法テラスへ

退去費用全体の相場は「賃貸退去費用の相場まとめ|間取り・年数・特殊事情別に解説」、退去費用の交渉方法は「退去費用は交渉できる|減額の手順と交渉文例を解説」も参照してください。

見積書の内容が適正かどうか迷ったときは、退去費用診断ツールで確認してみてください。


参考資料

  • 借地借家法第28条(更新拒絶等の要件)
  • 国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」
  • 民法621条(賃借人の原状回復義務)